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復興支援には相手の立場に立つことも必要 ニュース記事に関連したブログ

2012/03/13 00:32

 

 マスコミがガレキ処理の問題についてようやく取り上げるようになりました。これは野田首相の、ガレキ受け入れ要請の発言もあるのでしょう。マスコミにはもっと早く大きく取り上げてほしかったというのが、私の本音なのですが、まぁ取り上げないよりはマシですので、このへんにしておきます。

 

 さて、ガレキ受け入れについては『被災地で焼却処理設備を設置して処理すべきで、広域処理は必要ない』との声が聞かれます。これは著名人からも聞かれます。
 被災地で焼却設備を設置して処理するのは、ひとつの方法としてありますが、それがガレキの広域処理が必要ないことにはなりません。なぜなら被災地では一刻も早いガレキ処理の完了を望んでいるわけであり、
焼却設備とともに広域処理を実施すれば、もっと早く完了が達成されます。

 

 私から見ると、ガレキの広域処理を反対する方は、自分の立場でしか考えていないように見えます。被災地の方の気持ちになって政府を批判することもあるようですが、こうした方々は被災地の方の気持ちを利用して自分の溜飲を下げているだけのように見えます。被災地の方のことなど考えていません。自分のことだけです。

 

 ガレキの広域処理を反対する方々は、被災地で頑張っている行政の方たちの立場になって考えたことがあるでしょうか。おそらく無いと思います。被災された方々の気持ちを利用して発言しているだけです。

 

 大量のガレキを前にした現地の行政の方は『これは何とかしないと』と考えると思います。一刻も早い復興を実現するための選択肢として、なんとか広域処理を実施してガレキ処理を加速させたいと考えることは容易に想像できます。

 

 最後に...政府を批判することで早く復興が実現するのなら苦労はしません。東電や政府の責任を問う声も聞かれますが、それが被災地のためになっているとは思えません。少しでいいですから、行政の立場になって考えてみましょう。その上で、私たちには何ができるのでしょうか。

 

 

 

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国民は政府に借りができてしまった ニュース記事に関連したブログ

2012/03/11 23:21

 

 東日本大震災から1年が経ち各地で追悼行事が行われ、TVも特集番組が放映されています。復興の兆しは見えてきていますが、まだまだ厳しい状況に変わりはないようです。

 

 さて、野田内閣総理大臣が被災地のガレキ受け入れを要請する旨を、文書で各都道府県へ要請するとの発表がありました。このことは、ガレキ処理が進まないことを懸念していた各方面の著名人から伝えられていました。そういう意味では総理大臣の決断は評価できるかもしれませんし、中には『遅い!』と不満に思う方もいるかもしれません。

 

 しかし、私としては、政府に対して大変な『借り』を作ってしまったような気がします。本来であれば総理大臣が要請する前に、ガレキ処理の受け入れを申し出るべきで、国家権力を行使させること自体にガッカリです。国には被災地の未来を考えることに尽力してほしいと思っています。ある意味やっつけ仕事で終わるような事柄に政府の力を使うことは、国民にとってマイナスでしかありません。

 

 ガレキ受け入れを反対する方々にとって、この震災はもはや他人事だと思っているようです『被災地の復興は政府や現地に任せとけばいいんだよ』と云っているように聞こえます。

 

 震災当時は、市町村職員、警察、消防および消防団、医療関係者、福祉関係者等、それぞれの任務・役割を果たし、中には殉職された方もおられます。その時、被災地に居なかった私たちは今何をすべきなのでしょうか。
 私は被災地で亡くなった方たちに対し、いくらかでも顔向けができるようにしたいと思います。

 

 最後に...当ブログでは、政府に対して批判的でありながらも、それなりにフェアでありたいと思っています。政治家は国家権力をふるう権限を持っているとしても全知全能ではありません。今回のような事態に国民の力が必要なときは、政治家に頼まれる前に行動を起こすべきでしょう。国民が進んですべきことを、国から要請されている時点で政府に対して『借り』をつくったことになります。国に対して批判的でありたいなら、国に『借り』をつくらないような行動をすることです。

 

 

 

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東電の電気料金値上げは不誠実か ニュース記事に関連したブログ

2012/03/10 21:58

 

 東日本大震災から365日が経ちました。TVは昨年の震災に関する特集番組を繰り返しています。震災の復興はまだ始まったばかりですし、福島原発事故も終わっていません。まだまだ長い闘いが続きます。

 

 さて、原発事故がきっかけで日本各地にある原発は定期点検後の再稼働ができていません。各電力会社は火力発電を稼働させ電力量確保を図っています。それに伴い、東京電力は電気料金の値上げを発表しましたが、各方面から反発の声が上がっています。しかし、石油由来の燃料で火力発電を稼働させれば電力コストが上がるのは当然のことですから、電気料金値上げに反発するのはどうなんでしょうか。

 

 この反発の背景には『東電けしからん』という意識があると思います。そして東電の利益になることには何が何でも反対』という行動・言動になります。これはマスコミの他、著名人からまで聞こえてきます。

 

 しかしどうなんでしょうか。『原発は反対だが電気料金は原発稼働中の料金にしろ』と云っているように聞こえます。なんとも滑稽な話です。
 もし、事の初めから日本が原発を設置せず、他の方法で発電をしていたとしたら、電気料金は原発稼働中より高くなっていたはずです。再生可能エネルギーによる発電も今より進んでいたかもしれませんが、火力発電のコストより下げるのは難しいと思います。

 

 電気料金値上げ前に、東電が持つ資産の売却をすべきとの声もあります。私は、資産売却で得た資金は福島原発事故の被害者に対する賠償に充てるべきと思っていますので、電気料金値上げの抑制に使うのには反対です。また、先日東京都副知事が東電に対し、経費削減策を提言していましたが、そのコストダウン分も当面は賠償に充てるべきでしょう。

 

 先日の日銀の金融緩和策により円安になっています。デフレ脱却を目標としていますから、今後も金融緩和は実施され円安はさらに進行していくことになります。また、イラン情勢の懸念や世界各国の金融緩和により、余ったお金が原油先物市場に向かっている関係で原油の価格が高騰しています。
 円安+原油価格高騰により石油の輸入価格は上昇します。当然、火力発電の発電コストは上昇しますから、電気料金に反映されることになるでしょう。原発の再稼働を認めないなら、電気料金の値上げに反発するのはおかしいと思います。

 

 最後に...原発事故の賠償問題により、東電は国から資金注入を受けることになっています。それにより、国が東電の経営に関与していこうとする動きがあります。著名人からもそうすべきとの声が訊かれます。これも『東電けしからん』との意識からくるものと思いますが、私は反対です。こういった公共的な事業に国が経営してうまくいくとは思えません。国鉄がいい例でしょう。おそらく、政治家や官僚の食い物にされて、そのツケは国民にまわってくるだけです。

 

 

 

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「がんばろう日本」とは ニュース記事に関連したブログ

2012/03/09 01:50

 

 東日本大震災からまもなく1年になろうとしています。被災地では復興に向け一歩一歩進もうとしていますが、この復興を阻んでいるのが大量のガレキです。被災地だけで処理しようとすると11年以上かかるらしく、現地だけで処理しきれるものではありません。

 

 政府の意向で、全国各地でガレキ処理を受け入れるよう要請があったはずですが、原発事故の影響により、ガレキの処理はあまり進んでいません。「安全なガレキ」のみを処理するとの説明をしても、住民の強い反対により受け入れが進まない状況です。このままでは被災地の復興が始まるのは10年先まで待つことになります。

 

 東京都では昨年から受け入れを開始しています。当初は反対の声も上がっていましたが、知事の「黙れ!」の一言で一蹴しました。知事に対して『よく言った』との高評価でしたが、私にしてみれば『そもそもなぜ受け入れ反対があるんだ』という方が先にきました。

 

 東京都が最初に受け入れたガレキは、岩手県宮古市にあったものです。岩手県は南北に長い県ですが、宮古市は岩手県の海岸沿いの真ん中あたりに位置しています。福島原発からはずいぶんと離れているのですが、どのくらいの距離かというと、ザックリですが直線で福島原発から埼玉県くらいまでの距離になります。

 

 ガレキの受け入れに反対する方は「ガレキが放射能に汚染されて危険だから」というのですが、宮古市のガレキが危険だとすれば、埼玉は既に危険な地域であり、東京ですら無事では済みません。

 しかし、関東ではそんな危険な状況になっていません。NHKが関東地域の放射線レベルを放送するのを見たことがありますが、1マイクロシーベルトにも達していませんでした。茨城北部を除けば放射線レベルは原発事故前と変わりませんでした。

 

 ということは、福島原発からずいぶん離れている岩手県宮古市のガレキが、危険なほどの放射能に汚染されていると考えるのは無理があります。それでも念のため放射能汚染レベルを計測し、安全が確認されたガレキのみを受け入れるというのは、全く問題無いと云えます。おそらく、自然にある放射線のレベルと考えるのが普通です。

 

 少しの放射能でも怖いと思い、ガレキ受け入れを反対している方は、海中に住んでみてはいかがでしょうか。外部との交流は一切絶ち、空気も栄養も海中から絞り出し、それを吸い、食して暮らしてみるしかないでしょう。
 なぜなら、地上に居る限り放射線被曝しない場所など地球上に在りはしないのですから。

 

 最後に...私は休日に晴れると、ダイエットのため大きな公園へ行ってウォーキングをしています。そこで時折、練習場へ向かう野球少年達が自転車に乗って私の脇を駆け抜けていきます。少年達は野球用ヘルメットをかぶっているのですが、そのヘルメットに「がんばろう日本」のシールを貼り付けています。少年達自身が貼ったのか、野球指導の大人が貼ると決めたのかは知りませんが、少なくとも少年達は野球をする度にそのシールを見て昨年の震災を思うのでしょう。しかし、シールの意味とは裏腹に、大人達がガレキ処理をめぐってイガミ合っているのを見て少年達は何を思うでしょうか。私には醜態を晒しているとしか思えません。

 

 

 

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原発の廃炉は「安全・安心」ではない ニュース記事に関連したブログ

2012/01/30 01:06

 

 原発が定期点検により発電を次々に停止しています。福島原発事故後は地元住民の反対やストレステストの実施等により、再稼働がされません。今春には全ての原発が停止するとみられています。
 東電は電力供給量確保のため、火力発電を稼働させていますが、石油由来の燃料では当然発電コストは上昇することになります。そのため、東電は事業向けの電力料金の値上げを発表しましたが、そのことを批判する方も見受けられます。その方は反原発なのかはよくわかりませんが、原発を停止し、火力発電の割合が増えてしまった以上、電気料金が上がるのは当然といえます。少なくとも
反原発を唱えている方にはその覚悟はあったと思いますが、どうなんでしょうか。

 

 さて、最近のメディアを見ていると、反原発を唱える方の露出度が上がっているように見えます。特に反原発の急先鋒とされる方は「定期点検で停止中の原発の再稼働は認めない。稼働中の原発も止めよ。原発は全て廃炉にしろ」と唱えます。
 マスコミの思惑はよくわかりませんが、原発を廃炉にすれば安全・安心』といった印象を与えるような感じを受けます。これは明らかに間違いです。なぜなら原発を廃炉にしたからといって核燃料は残ります。反原発を唱える方たちからは、この残った核燃料の取り扱いについては何も語りません。彼らは『使用済み核廃棄物』について触れることはありますが、廃炉で残る核燃料について触れようとしません。

 

 どうやら、反原発の方々は「原発を止め廃炉にさえすれば安全で安心なんだ」と思っているようです。私としてはとんでもない話で、廃炉にしたからといて核燃料の管理はずっと続ける必要がありますし、この間にも地震や津波によって核燃料を管理する設備に被害が及べば、福島原発と同じことが起きる可能性があります。
 となると、原発を止めたり廃炉にしても安全・安心を得ることはできないことになります。そう考えていくと、反原発を唱える方は「原発の廃炉で安全・安心」とする誤った世論形成をしているように思えます。

 

 反原発を唱える方には、廃炉後の核燃料をどうするのか、キチンと説明してほしいと思います。この説明がなければ、反原発の方は、単なるヒステリーか現実を見ないただの理想家にすぎません。現実に対して何の解決にもならないばかりか、今後の安全管理に向けた努力の足枷にしかならないと思います。

 

 私は、稼働できる原発は再稼働すべきと考えています。その上で、より安全な原発を目指すべきと思っています。地震や津波などの災害が起こったとしても、それに耐え得るよう設備の増強や施設の充実が必要と思います。
 また、ひとつの安全対策を施したとしても、さらに安全にするための開発を続け、原発に採用してほしいと思います。
 原発を廃炉にしても安全にならないなら、発電に利用し、核廃棄物と呼ばれる状況まで使い切った方が、より安全に取り扱えるのではないかと思います。

 

 最後に...東電が発表した電力料金の値上げは、事業向けだけに留まっていますが、このままいけば家庭向けの料金も上がると思っています。また、今は超・円高のため原油の価格が上がっても影響は少ないですから、使用量が増えた分の影響で留まっています。為替が円安に転換すれば、原油価格の上昇と使用量増加分がもろに影響します。反原発を唱える方には、電気料金が上がったとしても「安全のためにはガマンしろ!」といったメッセージが欲しいのですが...耳をすませないと聞こえないような声ではダメですよ。

 

 

 

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一度交差しただけの日韓関係 ニュース記事に関連したブログ

2011/12/07 02:28

 

 日本が防衛大臣の進退で揉めている最中に、朝鮮王朝儀軌を韓国へ引き渡してしまいました。
 日韓基本条約に基づけば渡す必要は無いはずなのに、現政権として外交的成果を出したかったのかもしれません。しかし、国内的にはホトンド注目されていませんから、韓国側の反応はともかく、今回の外交政策(?)は失敗と云っていいでしょう。

 

 『朝鮮王朝儀軌』という書物を日本がどう捉えればいいでしょうか。『財産』(文化財)であれば日韓基本条約に基づき引き渡す必要は無いのですが、これを『歴史的資料』とすれば引き渡せるかもしれません。そのため、書物をデジタル化して保管すれば、朝鮮研究の際にはそれを使うことで事足りることになります。別に現物が日本に在る必要は無いでしょう。

 

 さて、今回は日韓両政府の間で引き渡しを行ったわけですが、私はこれがイケナイと思っています。こんな手続きをするから韓国がつけあがるのです。
 朝鮮王朝儀軌そのものは皇室が所有していたものですから、本来政府が引き渡しを決められるのでは無いはずです。そういう意味では、日本政府が引き渡すのではなく、皇室が引き渡す形式を執れば良かったと思います。

 

 先ず、皇室から宮内庁を通じて朝鮮王朝儀軌を韓国側へ引き渡すと内閣府へ要請する形をとります。内閣は国会へ審議を要請し、承認を得た後、韓国へ引き渡すようにすればいいと思います。
 ただし、引き渡すのは韓国政府へではなく、李王家末裔へ引き渡すことにします。日本政府も外務省も関係なく、天皇陛下の使者として宮内庁長官クラスを遣わし、李王家末裔の方に直接引き渡すようにすれば良かったと考えています。

 

 こうすることで、皇室が歴史的にも李王家への敬意を払っていることが少しは示すことができます。現在の韓国及び韓国人が李王家に対し、敬意を払っているようには感じられません。少なくとも朝鮮半島を統治していた王家の末裔なのですから、それなりに敬意を払ってもいいと思うのですが...

 

 今回の引き渡しは、外交カードとしては最低です。こんな譲歩外交カードなど日本としては何も得るものがありません。本来『外交カード』とは、最初に相手国のイヤがるようなことをして、一定期間経ってからそのことを解除することが、本当の外交カードと云えるでしょう。まぁこーゆーやり方は日本は不得手なんですが。

 

 最後に...日本と韓国の関係は、数学の『直線』に例えれば、互いに平行線だと思っていたのですが、日韓併合という歴史の事実がありますので、直線は平行ではなく日韓併合の期間はやはり交差していたのかもしれません。しかし、一度交差した直線は二度と交差することは無く、しかもドンドン離れていきます。今後の日韓関係も、この直線のようにドンドン離れていったらと思います。

 

 

 

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TPPと農業 ニュース記事に関連したブログ

2011/11/09 02:03

 

 TPPに参画するかどうかで、推進派・慎重派で激しく対立しています。これは単に与野党の争いではなく「工業」「農業」それぞれの争いに見えます。ただ、推進派・慎重派ともにその主張には説得力が無いように感じます。
 推進派は、「関税撤廃により輸出のチャンスだ」「これは平成の開国だ」「TPPをテコに農業問題も解決できる」などと主張します。慎重派は「日本の農業が壊滅する」「国の制度がアメリカの都合で変えられてしまう」といった主張です。

 

 日本の農業に関しては、推進派・慎重派双方の言い分はあまりにも情けないものです。推進派は農業改革をTPPに参画することによって達成しようとしていますが、これは外圧を利用するやり方で『自分』がありません。慎重派は食糧自給率を盾にTPP参画に反対していますが、実体は農業ではなく『農家』を守るため、そして選挙の票田を守るためにそう主張しているように見えます。

 

 TPPに参画するかどうかに関係なく、日本の農業の将来をどうするかについては、推進派・慎重派双方とも説明がありません。TPPに参画して農業改革をするにしても、アメリカにいいようにされるだけで、日本のための農業改革につながるようには思えません。逆にTPPに参画しないとしても、日本の農業がこのままでいいはずがなく、やはり大々的な改革は必要でしょう。
 日本の農業の将来像をどうするかがあれば、TPPに参画したほうがいいのかどうかの判断がつくというものでしょう。この議論が無いため、極論ばかりが先行し推進派・慎重派が平行線を辿っていると考えられます。

 

 日本の農業は、小規模な農家が個別の活動で形成されています。これは効率が悪いやり方と云えます。農業の経験がないため、ハッキリしたことはわかりませんが、農地面積あたりの農作業人員の構成が非効率であったり、農家個別に農業用機械を揃えるため稼働率が悪いなど、様々な要因があると思います。

 

 会計的な云い方をすると、固定費の構成がやたら高すぎると考えます。となると、日本の農業は農地面積あたりの農業従事者の人数を減らしたり、農業用機械の台数も少なくする必要があると思います。
 そうなると、農業の株式会社化が必要かもしれません。それは個々の農家を潰すことになりますので、ひどい云いようとなってしまいますが、後継者が居ない農家は廃業することになりますので、このままでは日本の食糧自給率は上がりませんから、農地を放棄するよりは、株式会社のような組織に農地を売るか貸すかするかで、農業を守るしかないと思います。

 

 日本の農業が株式化しなかったのは、昔の小作人制度の復活を嫌ったと思いますが、今はそういった時代ではないと思います。農作業はキツイですから、給料など処遇が悪ければ人は集まらないと思います。もちろん農業労働者に対する処遇を悪くしないような法律が必要なもしれません。

 

 ...とまぁ、シロートの私でもこのくらいは考えつきます。私の考えは小規模農家の方には憤慨ものと思いますが、このまま『農家』を守ることを続けていても、農産物の関税はなくなりませんし、食糧自給率は上がりません。そのうち『農業』そのものが守れなくなってしまいます。

 

 TPPに参画することで、日本が望むような農業改革ができるという確証はありません。日本の農業の将来像もなしに、このままTPPに参画してもアメリカのいいようにされるとしか考えられません。いずれにしろ推進派・慎重派ともに農業の将来像を披露してもらわないと、TPP参画がいいかどうかは判断できません。

 

 最後に...以前のエントリでは私はTPP参画には懐疑的でした。あれから時間が経ち、やはりTPP参画には反対です。東日本大震災があったためもありますが、いずれにしろ議論が尽くされていません。日本がTPPに参加しないとアメリカは日本以上に困るはずです。日本はTPPへの参加しないとなれば、アメリカは参加条件を緩めたり、詳細な内容を明らかにしてくれたりなどして、なんとしても日本を参画させようとするかもしれません。あるいは、アメリカは日本が参画しないなら「やっぱりやーめた!」とTPP参画を取り消すかもしれません。アメリカのやりそうなことです。

 

 

 

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原発報道とメディア ニュース記事に関連したブログ

2011/11/02 01:17

 

 東日本大震災から8ヶ月になろうとしています。記事にある通り、福島原発による風評被害は未だ様々な形で続いています。
 さて、前回のエントリで触れたように、書店には原発関連の書籍が並んでいます。そのホトンドが反原発を主張するものばかりですが、その中で以下のような本もあります。

 

  著書 : 原発報道とメディア
  著者 : 武田 徹
  講談社現代新書 2011年6月 発行

 

 この本は『反原発』か『原発推進』かではなく、今回の原発事故前後で『反原発』『原発推進』それぞれの主張を批判していたり、テレビ・新聞・雑誌などのメディアがどのような報道をし、それがいかに歪んでいるかをかなり厳しくエグっています。

 

 私から見ても、メディアの立場は、福島での原発事故被害者の事を考えてか、大抵は反原発に偏っていることもあり、原発推進派の方たちに対して単純に『安全』か『危険』なのかを迫り、少しでもリスクがあればそれは『とても危険』と断じ、その推進派の科学的な主張などに関しては理解できないからか、耳を貸そうとしない傾向が見られます。

 

 10月に『フジクラ』という会社が、原発の原子炉の冷却に際して電力を喪失しても冷却が可能なシステムの実証実験を始めるという記事を目にしました。今回の原発事故の原因となった個所を補うものとして、現在稼働している原発へ直ぐにも導入してほしいものですが、本書を見ると日本原子力研究所でも、1993年からそういった類の研究に着手していたようです。しかし、その成果については報道されなかっただけでなく、あまりアピールできなかったようです。その理由を本書から引用すると...

 

(引用)...より安全な炉があると認めれば、いま動いている原発に不足があると認めることになる。反原発運動のアピールで不安を感じている国民を安心させるべく、現在運転中の原発に関して「絶対安全」と繰り返し述べてきた以上、「より安全な原発」の存在は許容できず、選びようもないのだ。こうした反対派と推進派がお互いに不信感を持って一歩も引かずににらみ合ってきた構図が原子力発電のリスクを拡大してきた。そのリスクは今回、現実の災害となって牙を剝いた。...(引用おわり)

 

 ひどい話です。これは反対派・推進派の両方に責任があります。技術的進歩があったにも関わらず、それを導入し、少しでも事故発生のリスクを小さくする努力を怠ってきたわけです。
 他に、原発反対派に向けては相当辛辣な記述もあります。

 

(引用)...もしも反対派が理想とするように即座に日本の原子力利用を停止させられるのであれば、確かに犠牲は出なかっただろう。だがその仮定は現実的でなく、理想を追うだけの運動は「ごっこ」の域を出まい。全面的かつ即時の原子力依存の停止が現実には望めないものである以上、反対派は事故で犠牲になりかねない人たちの安全確保を視野に入れた現実的戦略を採るべきだったのだ。そうした戦略が採用されなかった背景に、事故が起きれば原発は止まるだろうとむしろ事故を期待してしまう心情がなかったと言い切れるだろうか...(引用おわり)

 

 かなり辛辣と感じました。『事故を期待』は云い過ぎかと思いますが、現実として反対派は原発事故のリスクを可能な限りゼロにさせるための活動はしていないと思いますし、思考停止に陥っていたでしょう。また、マスコミもそうした議論を醸成してこなかった責任もあると思います。

 

 最後に...原発は現実には稼働しています。原子炉から燃料棒を取り出して発電を止めるにしても、冷却は続けなくてはなりません。その冷却システム稼働のための電力が喪失し、冷却ができなくなったら、福島原発と同じことが起きます。反対派の方たちはこのことを念頭にした発言をしているでしょうか。理想ばかりの主張は技術の進歩を止め、より安全にするための仕組みは採用されず、リスクを小さくする方向へは進みません。このことを理解しないのであれば、やはり『事故を期待』していると受け取るしかありません。

 

 

 

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『原発が無くとも電気は足りる』は説得力が無い ニュース記事に関連したブログ

2011/10/19 00:56

 

 東日本大震災から7ヶ月が経過しました。この間、巷の書店には原発関係の書籍がずいぶん並ぶようになりました。愉快ではないかもしれませんが、話題の本を置くのは書店の役割でもありますし、科学離れが懸念されている中で、こういった事柄に関心が集まるのはいい事かもしれません。
 しかし、並んでいる書籍を見ると一様に『反原発』ばかりで、バランスが良くないのはどうかと思っています。原発を推進するような本は出版しにくいのか、書店側が避けているのかわかりませんが、見かけることがありません。

 

 ところで、こういった原発に関する文章を雑誌に載せたり、書籍を出版したりする方々というのは、原子力の専門家、評論家、文化人、ジャーナリストなどがホトンドのようです。最近思ったのですが、こういった方々に共通するものとしてモノづくりの経験が無い』ということがあるようです。
 原子力の専門家というのは、原子力そのものには詳しいのですが、それで得られるエネルギーを利用してモノを造った経験は無いと思います。評論家、文化人、ジャーナリストなどは言わずもがなです。

 

 なぜ私が『モノづくりの経験』にこだわるかというと、反原発を唱える方たちが『原発が無くとも電気は足りる』と話す場合があるからです。電気は足りると云われても、あまり説得力がありません。一般家庭の節電の話をしたり、太陽光や風力発電を普及させるとか、自家発電や蓄電設備の設置の話で終わってしまいます。
 一般家庭の節電はわかりますが、他の再生可能エネルギーによる発電や自家発電などの話の場合には、その実現性について実感が湧きません。いったい誰がどのように設置し、その電気を誰が使うのか、その説明がありません。やはり、モノづくりの経験が無いため、そのことまで想像できないのかもしれません。

 

 さて、こういった反原発を唱える方の中にマンガ家の小林よしのり氏がいます。放射能被害や国防の立場から原発が攻撃の対象になることを恐れてのことだけで反原発ならばいいのですが、彼は雑誌へ掲載しているマンガに『電気は足りている』と主張します。
 今夏は、一般家庭や企業の節電努力により、停電することもなく乗り切ることができましたが、そのことで『電気は十分間に合った』としてしまっています。今夏、停電することなく乗り切ることができたのは、一般家庭の自主節電の努力もありますが、節電義務を課せられた企業の努力が大きいのです。東電管轄ではピーク時15%の節電を強要されています。

 

 小林氏は企業の節電努力はせいぜいエアコンの設定温度を上げただけのように描写しています。しかも節電によってコスト削減が実感でき、喜んでいるような表現です。しかし、電気を大量に使う製造業では、土日に工場を稼働させ、平日を休みにしたり、複数ある製造ラインの1つを休止させ、その分残業したり交代勤務を実施してなんとか生産量を確保したりといった努力をしています。しかし、こうした描写は一切していません。節電によって電力のコスト削減はしたかもしれませんが、人件費増で逆に製造コストは増加したと思います。
 また、一方では『電気料金は企業のコスト全体からすれば微々たるものに過ぎない』と描いています。本当かどうかはともかく、そうなると、節電によるコスト削減も微々たるものとなってしまうため、企業としてはそれほど喜ぶことではないことになります。つまり表現に矛盾があります。

 

 大企業の工場では、自家発電設備の設置は結構進んでいます。もちろん自工場で使うためです。小林氏の云う通り、大企業による自家発電設備の新設や増強により、原発に頼らずとも電力量を賄うことは可能かもしれませんが『安定的な電力の供給責任』を突きつけられると、電力の融通に躊躇する企業も出てくるのではないでしょうか。工場には生産の供給責任というものがあるのですが、電力会社にも本来電力の供給責任があるのです。大企業は自社の電力確保だけの自家発電に留め、電力融通に応じるところは少ないかもしれません。

 

 では、『中小企業も自家発電を持つのか』ということになります。自家発電設備はパッケージで販売やレンタルされており、比較的簡単に導入できます。資金さえあれば導入は可能かもしれませんが、別の問題があります。その自家発電設備の置き場所。つまり土地の確保が必要になります。
 中小企業は住宅地に隣接している場合も多く、土地の確保が難しい場合があります。また、安定的に稼働させるため、ある程度の燃料を貯蔵することも考えなければなりませんが、消防法の規制により、しっかりした貯蔵設備が必要です。それには資金が必要ですし、何より土地が必要です。中小企業の自家発電はあまり普及しないと思います。

 

 最後に...原発に替わる電力量確保についていくら論じても結構ですが、実現性の検証をしないのであれば、いくら立派なことを云われても企業はついてきません。電力を確保するためにどんな手法が提案されるとしても『安定的な電力供給』ということは絶対に担保されなければなりません。そうしなければ、経済的な成長どころか維持すら難しくなります。その上でエネルギーをどうするか考える必要があります。机上の議論はそろそろ止めて、実現可能な手段に絞る段階にきています。

 

 

 

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マスコミの劣化 ニュース記事に関連したブログ

2011/10/11 12:08

 

 野田首相は『ぶら下がり』会見を首相就任当初から実施していません。しばらくはマスコミからの批判的な記事は見受けられなかったのですが、『説明不足』とする一部の識者の口を借りて、批判的な記事を載せるようになってきました。
 私は、このぶら下がり会見が無くなることで、マスコミは本当の取材力が問われることになると思ったのですが、その努力をする前に先ずは批判から始めたようです。

 

 一部のジャーナリストから漏れ伝わってくるように、内閣や行政に勝手に『記者クラブ』なるものを設けて、会見発表の内容をそのまま記事にするだけで、ろくに取材をせず、記事のネタをただ待っているようになってしまったようです。以前開かれていた『ぶら下がり会見』は言葉の荒探しに終始し、首相が本当に伝えたいことは伝えてこなかったような感じを受けます。
 ぶら下がり会見は元々小泉内閣から始めたようです。これは自らのメッセージを伝えるために、マスコミを利用していたようですが、本当は取材力の落ちたマスコミへの大サービスだったのかもしれません。

 

 いつごろからマスコミはこのようになったのでしょうか。
 ずいぶんと昔の話ですが『割りばし騒動』を憶えているでしょうか。海外の一部のマスコミが『日本は割りばしを作るのために南国のマングローブの木を切っている』と報じ、それを日本のマスコミ各社が何の論評も加えずそのまましたのです。

 

 マスコミが『割りばしは良くない』といった報道をしばらく続けたため、日本中が大騒ぎになり、割りばしを多く使う外食産業が割りばしの利用を取りやめたり、『マイ箸』なるものが登場したりしました。
 当時、私は割りばしが何から出来ているか知っていましたので『何をバカな事を云ってるんだ』と取り合いませんでしたし、何も検証しないマスコミに対して呆れていました。

 

 ひと月ほどして、マスコミは割りばしに関わる産業界の困惑ぶりを取材し、海外の報道が誤りであることを検証したのです。それでも割りばし騒動はしばらく収まりませんでした。

 

 現在の割りばしは、中国からの輸入がホトンドのようですが、当時の割りばしの材料は、国内の森林保護のための間伐材などの丸太から角材を切り出し、その余った切れ端を使って割りばしを作っていたのです。小さな切れ端から約100膳もできるらしく、驚いたのを憶えています。このことは、私が個別に取材や調査をしたわけではありません。テレビで知ったのです。確かNHKの何かの番組で、たまたま見たのを憶えていたからです。
 つまり、テレビでこのことを伝えていたマスコミが、海外の報道を鵜呑みにしてそのまましたのも同じマスコミということになります。

 

 マスコミの取材力が落ちている状況は、最近の討論番組でもよく見受けられます。
 東日本大震災からの復興をどうするかについて、参加しているジャーナリストから『政治家は何もしていないじゃないか!』と国会議員に対して批判の声を上げます。ホトンド罵りのように聞こえますが、その云いように国会議員もキレてしまい『そんなことはない、やれることはやっている!』と反論し、一部やっていることを詳細に説明します。内容としてハデさは無いのですが、内閣に入っていない一国会議員でも、やれることをやっていることがわかります。

 

 でも、そんなこと初めて聴きます。つまり、国会議員などの政治家が、復興に向けてどんな活動をしているか取材していないのです。本来そういったことも取材し、伝えることがマスコミの役割なのですが、政治家のアラを探すことに終始し、被災者や他の国民が知りたいことを伝えていないのです。これでは、この震災からの復興に対し、マスコミは役割を果たしているとは云えないと思います。

 

 最後に...ぶら下がり会見が取り止めになりましたが、内閣官房長官の会見は引き続きあるわけで、内閣からの説明が皆無になったわけではありません。マスコミは取材力を高めないと、政治が何をしようとしているのか、何を考えているのかを掴めなくなり、マスコミとしての役割が果たせなくなります。『説明不足だ』と批判するより、自らの努力が必要です。楽してマスコミをやっている場合ではありません。

 

 

 

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